上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私は20歳のとき、カトリックの洗礼を受けています。
育った家はキリスト教徒ではありません。幼稚園はミッション系でしたが、父方の祖母は寺の出身だったので、しつけなどはむしろ仏教の影響が強かったかもしれませんね。

それがなぜキリスト教に興味を持ったかというと、高校2年で習った「倫理・社会」の授業と遠藤周作の小説がきっかけでした。
余談ですが、この「倫社」は私が生まれてはじめて自発的に「面白い」「もっと勉強したい」と思った授業であり、そのために就職希望だったのが四年制大学の哲学科に進学することになりました。

ともあれ、こうして友人と隣町のカトリック教会で聖書の講座に通うことにしたのですが、イスラエルの歴史や偉人たちの伝記が長々と記された『旧約聖書』にはあまり興味が持てず、講座の内容には失望させられました。

以前も書きましたが、10代の頃の私はたびたび自殺願望に襲われたり、生きることを面倒くさく感じることが多く、常に「死への憧れ」のような感情を抱いていました。
そんな私にとってキリスト教が説く価値観というのは、あまりにもご都合主義というかキレイごとすぎるというのも、正直な感想でした。
... 続きを読む
スポンサーサイト
江原啓之さんや美輪明宏さんたちのおかげで、目に見えない心や魂の世界に興味を持ったり、話題にすることがずいぶん楽になりました。
こういった話は、以前だったら、オカルトや心霊のようなおどろおどろしいイメージがつきまといましたが、今や「スピリチュアル」な話にはどこか知的な雰囲気さえ漂っています。

ところで、そもそも「スピリチュアル」って何? と思ってネットの辞書を引いてみました。(実は私もよく知らないんです)

【spiritual】[形]1 神の, 精神的な;霊的な, 魂の 2 霊魂[精霊, 幽霊]の;心霊の 3 宗教上の, 宗教的な, 教会の, 神聖な 4 〈考えなどが〉気高い, 超俗的な [名]1 (複数形で)教会関係の事柄 2 霊歌 3 精神的なもの

かえって分かりづらくなってしまったかもしれないけれど(苦笑)、要するに、今生きている肉体としての“自分”以外に、霊的な存在としての“自分”がいる、そういう考え方を前提とした人間観や哲学、そんな感じでとらえています。

... 続きを読む
今回のタロットでは、スピリット的契約についてということで、息子との関係をリーディングしてもらいましたが、とても気持ちが楽になる解釈で、実は涙がこぼれました。
占いやヒーリングは、当人が気づき、前進できるといいのですが、元気の出るものであって欲しいと思ったりします。
今回のタロットは興味深くて、これからも頑張っていけそうな元気と勇気をもらいました。
師弟関係であった前世の影響と考えると、枯渇しかけていた気持ちにもパワーが甦り、時間はかかっても息子がしっかりと自立していくのをじっくり見守ろうと思うようになりました。

(本人の了承の上、いただいたメールを編集して掲載しています)

昨夜はありがとうございました ^^)
ぐっすりと 眠れました。
布団の中に入ってすぐはすごく身体が軽く感じてたのに、しばらくすると、身体が重くなってきて、力が抜けて眠りに入ろうとしてるからなんだと気づいて妙に感動しました(笑)。

丹田が暖かくなったような気がしたのと、足の裏から大地のエネルギーがじわじわ登ってくる感じがあり、びっくりしました。

それ以外に感覚的に浮かんだ事は、まず、詳しくは分らないけど 観世音菩薩のような方が、私の手を両手でそっと持って「これは創る手、大事になさい。」「肉体も大事になさい。」って言われたような気がしました。
(管理人注・クライアント様はクラフト製作をされる方です)

あと、自分でも理解不能なんだけど(苦笑)、西洋の鎧(甲冑)を着た人が白い馬に乗って、高い崖の上に一人居るのが思い浮かんできました。
とまぁ、こんな風なビジョン?が見えました。

今回、自分の心や身体を感じるって事の大切さを体験した上で理解できた事はすごいです ^^)
素晴らしい体験をありがとうございました。

(本人の了承の上、いただいたメールを編集して掲載しています)
私は霊感が強かったり、宇宙人やUFOが見えたり、神様や天使からのメッセージが聞こえたりするタイプの人間ではありません。
けれども、子どものころから今いる場所が自分の住みかではないような気持ちに苦しんできました。
心とからだがバラバラというか、地に足が着いてないというか。

普通の人が普通にやっていること、たとえば毎日同じ時間に起きて決められた場所(学校とか会社とか)に行くとか、使ったものを元に戻しておくとか、正しい持ち方でお箸を使うとか、そういう「当たり前のこと」が不可解なほど苦手でした。
今の発達心理学で言うところのアスペルガー症候群やADHDだったのかも知れませんが、当時は単なる「育ちの悪さ」「だらしのなさ」と見なされました。そのため、両親にも責められましたし、自己嫌悪にも陥りました。

学校にも家庭にも居場所を見つけられず、何度も死にたいという気持ちになりました。
努力しようとしても何をどうしていいのかさえわからない。
学校ではときにいじめられ、就職すればストレスで体を壊し、結婚すれば、私のこの「育ちの悪さ」「だらしのなさ」から夫婦仲はどんどん悪化しました。


... 続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。