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ここ数ヶ月、月が変わるごとに、どこか空気が違うというかエネルギーが変化しているように感じていますが、7月からは1週間が半月分くらいの濃度で過ぎていくように感じます。

この間は日食でしたね。
残念ながら曇ってしまいましたが、部分日食で70%くらい欠けると言われてたんで、もっと暗くなるかと思ったけど、意外に明るかったですね。
真冬の午後三時くらいの明るさだったでしょうか。
逆に考えると、30%でもこんなに明るいんだ、太陽ってすごいな、と思いました。

さて、5月下旬の話なので、もう随分昔のような気がしているのですが、溝口あゆかさんというイギリスで活躍されているカウンセラーの方のセミナーに出たときの話を書こうと思います。

溝口さんのセッションは「A Course in Miracles(奇跡の学習コース:以下ACIM)」をベースにしているそうで、今回のセミナーでは、その「ACIM」の基本的な考え方を学び、それを自己セラピーに応用するというワークを中心に行われました。
「ACIM」は、真の私たちは、神(宇宙、天、ソースなど呼び方は様々)の一部であり、ありのままで無制限に愛に満たされている存在であると説き、私たちの苦しみの根源は、その真実を忘れ、神と切り離された存在だと思っているところにあると教えています。

私たちはその不全感から、自分の存在理由を求めて悩んだり苦しんだりします。
その結果、(存在するのに)価値ある人間として認められるために無理をしたり、逆に人から愛されてない、必要とされていないと思ったとき、悲しみや絶望、罪悪感や疲労感などに苛まれます。

けれども、私はヒーラーですから、真の自分たちが神そのものであることを知っています。

・・・・つもりでした。

ところが、ワークを重ねていくと、「これでもか」というくらいに、自分のなかに隠れていた不全感、つまり嫌な感情や思考が出てきます。

そのなかでも一番苦しかったのは、自分の自己肯定感のなさにあらためて向き合ったときでした。

私は自分を信用していない。
自分のなかにある、そういうネガティブな部分に触れたとき、他人のことも、この世界のことも信じられず、恐れや不安、嫉妬や狡猾さ、それに絶望感でいっぱいになっている自分が現れてきたのです。

これはショックでした。
今までたくさんやったワーク、セミナーやワークショップでの学び、日々の気付きなどは一体何だったんだろう? という思いでいっぱいになりました。

壇上では、あゆかさんが受講者と模擬セッションをやっています。

その方も子どもの頃からの体験から、「ありのままの自分ではいけない」と自分の存在価値に条件を付け、そこに追い込んでいることで生じる苦しみを抱えてらっしゃる方でした。

でも、彼女と違って私はヒーラー。
こんな状態のままでヒーラーなんてやってていいのだろうかと、帰りに講師のあゆかさんをつかまえて相談しようかと思ったくらいと悩みました。

けれども、どのくらい時間が経ったでしょうか。
私は苦しい思いが抜けている自分に気がつきました。

いつの間にか、考えるのを止めてしまったんですね。
そういえば、最近は、何かあって自分に反省すべき点があっても、そのことであまり自分を責めないようになっていました。

理由? 誤解を恐れずに言えば「疲れるから」です。
考えてばかりいると、疲れるんですよ、とくにネガティブなことは。

「疲れるから考えるのを止める、なんて不誠実じゃないか」
「クライアントを救う使命のあるヒーラーが、疲れるから止めた、なんて自分に向き合うことから逃げるのは欺瞞だ」
そんな風に自分を責める声もどこかにありますが、以前よりも小さく霞んでいます。

それよりももっと大きく、確信に満ちた声がありました。
「これが、私が日頃やっているヒーリングの効果なのかも」ということです。

西洋神秘主義的に言うと「アダムカダモン(神人間)」、古神道流に言うと「(神の)分け御霊」としての自分
そういう自分を、理論的に解釈し、現実の自分をそれに近づけようとしても、癒しは起こりません(と私は思います)。

逆に、自分の不完全さについて考えるのを止めたとき、その状態(=完全であるありのままの自分)は近づいているはずです。
ヒーリングには、この「考えすぎるのを止めさせる」という効果があるのではないかと思いました。

「ACIM」によると、自分を苦しめる思考はすべて幻想だそうです。
「~ねばならない」「~であるべき」という考え方を「passion killer(パッションキラー)」というそうですよ。

ヒーラーだから自分を完全に受け入れなければならない、そう思っているとき、私の仕事に対する情熱はほとんど失われていました。
けれども、逆に「自分を受け入れていない自分」を受け入れたときに見つけた「クライアントさんを癒やしたい」という感覚には光があふれていました。

この光こそが passion(パッション:情熱) です。
このパッションさえ忘れなければ、たとえ日食の太陽のように欠けた部分があっても十分に明るいのです。
passion のエネルギー、大事にして生きたいですね。

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