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2010.03.21 message12.
古き日の元の神として申し上げます。

近ごろは、恋や伴侶や婚姻について尋ねられることが多くなってまいりました。

まず最初に申し上げたいことは、この三つの関わりとは、本来まったく別のものだということです。

恋をする、ということは、人として自然なこころの流れであります。

すばらしいものとふれあいたいという思いだからです。

男女のあいだに、たとえ、それがひととき、あるいは一瞬の思いにせよ、
恋というものがこころに宿らねば、
おとことおんなの結びつきは起こりませぬ。

この結びつきなくば、新たな命の誕生はありえず、
ですからわたくしは、すべての方々に、大いに恋をせよ、
恋をすることに恐れを感じることはないと申し上げたいのです。

しかしながら、伴侶ということに対して、まったく別のことが必要となります。

伴侶という契りを交わす相手というのは、
本来、今の世の中にある婚姻という仕組みとは関わりがありません。

伴侶は一人とは限らず、異性とも限らず、人間とも限らないのです。

その方が、伴侶とともに何をなしたいかという、心得によってその相手はさまざまに変わるからです。

とはいえ、婚姻という仕組み、それはそれでとてもよいものがあります。
ですから、婚姻の仕組みのなかで、伴侶を保つという形が、人間の歴史のなかで続いているのでしょう。

婚姻の仕組みにおける伴侶の働きには、大きく分けて二つの形があります。

ひとつは、それぞれの似た氣を調和させ、その穏やかなる氣を世の中に広げていくこと。

もうひとつは、それぞれの対極にある氣を合わせんとすることで、ふたつとは別のまったく新しい氣を作り出すこと。


多くの方々は、婚姻と伴侶に対して、ひとつめの働きばかりを求めているように思われます。

これからは、二つめの働きをもっと重んじていただきたいのです。

より多くの方々がすばらしき伴侶にめぐまれることをお祈りいたします。


※ チャネリングスクールの友達とやっている「やおよろ~ず ことのは草紙」にも書いています。

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