上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。

さて、私の2008年のテーマは「自分の小ささを乗り越える」です。
これは、12月のある日、瞑想中に来たメッセージでもあります。

2007年の日本を一文字で表すと「偽」だそうですが、私にとっては「変」の年でした。
「変」は「変化・変容」という意味もありますが、「なんか変」 という意味もあります(笑)。
「2007年はこういう年にするぞ」と見込んでいたことともいろいろ変わっているので、「変更」という意味もあったかもしれません。

とくに、ヒーリングやエネルギーワークを今後のライフワークにしようと思い、このサイトを立ち上げ、すぴこんに出展したりして、実際に仕事を始めてしまったことは、去年の今頃は予想していなかったことでした。

戸惑いのなかで、突っ走った一年間、のどに引っかかった小骨のような思い込みが、何度も私に問いかけました。
それは「自分のような無力な普通の人間がそんなことをしてもいいの?」ということです。
「そんなこと」というのは、ヒーリングを始めとする目に見えない領域のエネルギーを扱う仕事のことですね。

それまでは、ヒーリングもリーディングも「特別な力のある人」だけがする仕事だと思っていました。
私は、長い間それらのサービスを受ける側の立場であることに満足していましたが、たくさんの魅力的なヒーラーさんと出会い、いろんな話を聞くうちに、もっと目に見えないエネルギーの世界について知りたいと思うようになりました。

そうして、それらの勉強の場に行くと、子どもの頃から天使や神様や亡くなった方の魂とコンタクトをとっていたようなサイキッカーの方がたくさんいらっしゃいます。
私にはそういう記憶があまりなく(全くないわけでもないのですが)、やはり彼らの経験がうらやましかったのです。

サイキックな力を別にしても、私は自分の能力のなさ、器の小ささに苦しんでいました。
勉強もできない、運動も駄目、しかも努力することが苦手で、要領が悪く、不器用。
せめて人と比べたりしないで、ありのままの自分を認め、コンプレックスから脱却したいと思っても、それさえ難しいのです。

仕事ではジャーナリズムの世界に足を突っ込んでいますから、いろいろなことへの関心がないわけではないのですが、こんな風に自分のことでさえ持てあましているのですから、人や社会のことを考える余裕なんかないのが実情でした。

そういう自分に絶望するあまり、私は目に見えない世界に依存してるんじゃないか、そういう意識が常にあって、それが「自分のような普通の人間がそんなことをしてもいいの?」という自問となっていたわけです。

リチュアルマスターとなってからは、瞑想を習慣づけ、ハイヤーセルフやインナーゴッド、スピリチュアルガイドとの結びつきを強め、彼らに問いかけるようにしました。
そして得られたメッセージが「自分の小ささを乗り越えろ」というものだったのです。

自分の小ささを嘆いたり、それに居直ったり、それを理由に逃げたりするフェーズはもう過ぎたということなのでしょう。
あらゆる場面において、これからは「小さくてもいいじゃないか」とは思わないようにします。
「そういうことはもっとデキル人がやればいいんだ」とも思わないようにします。

今年はぜひ自分のセッションスペースを立ち上げ、いろんなことを学んで、セッションにフィードバックさせていくつもりです。

今年もたくさんの人たちと出会い、いろいろなことを学べますように。
どうぞよろしくお願いします。
Secret

TrackBackURL
→http://owltreerayco.blog103.fc2.com/tb.php/33-e1121b5f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。